井は井戸のこと。地下水脈のように多くの人が共有するもの全般を象徴します。先進諸国を初め、現代ではほとんど使われなくなっている井戸ですが、どんなに時代が進んでも、この卦が意味するところや価値が失われることはありません。さて、地下水を生活用水や飲料水として使うためには徹底した管理が必要不可欠です。「井戸浚(さら)え」と言いますが、かつては地域住民が協力して井戸の水を汲み出し、大掛かりな清掃活動や修理を行っていたそうです。また、鯉などを棲まわせることで害毒のない清潔な水であることを確認していたとか。ところで、井は地下水だけでなく、海洋深層水や石油・ガスといった天然資源の採掘とも関係しているかもしれません。現代的な再解釈をするのならば、その時代に合った事例を用いることも必要だろうと思います。
綜卦は沢水困。困は枯れてゆく植物(樹木)や、沢の水が地盤沈下などで枯渇してしまう様子のこと。本来の力を発揮できなかったり、恩恵にあやかれない状態を示す卦です。何とかしようともがきますが、深い心の闇に落ち込んでしまってなかなか立ち直れません。今までできていたことさえ、どうやっていたのか突然に分からなくなってしまったりします。言い方を変えれば、この時にはもう升としての表面的な能力にフォーカスできなくなっているのです。
自分の弱点や脆さと対峙するというスランプ状態。かつての自分にこだわっている間は、どんなに努力してみても無駄なあがきでしかありません。そして無力感を味わうほど気落ちしてしまったら、とにかく気分転換や心身の回復を図ることが必要です。長期休暇を取って旅行に出かける、徹底的に健康管理したり体質改善する、病原がなくなるまで休養する等。そして、そのプロセスにおいて深層面での自分自身のルーツ(血脈・縁ある者のありがたみ)に気がつくことができれば、以前に感じていたよりも大きな活力と安心感を源流から引き出せるようになります。
裏卦は火雷噬[口盍]。噬[口盍]は障害を除去する、断罪する、悪を退治するといった意味合いです。不正や汚職などに正義の鉄槌を下す。簡単に言えば、何らかの倫理に照らし合わせた時に不適当だと判断されることに対して、間違いを指摘したり、問題を排除したりする姿勢。必然的に性格が厳しくなる傾向がありますが、本人はいたって正常だという自覚なので周りからはうざったく思われるかもしれません。井との関係で言えば、噬[口盍]は先述した「井戸浚え」に当たります。井戸の壁に付着した苔や水垢を削ぎ落とし、水質チェックを厳しく行う。これらの働きをせずにほったらかしにしていれば井戸が腐ってしまいます。また、昔は井戸水が生活の要でしたから、そこに害毒が混入しては一大事です。そうしたことがないように監査する働きも噬[口盍]が担っていると思います。
類似関係は雷地豫。共に屯&晋から14番目の卦で2巡目の5です。5は陽数で外向的ですが、2巡目なので性質が反転しています。これは内を掘り起こすことでコミュニティーの場を作り出すことに関係しています。どちらも根本的な部分では、自分自身の縁ある人との物理的なコネクションもしくは精神的な系譜に結びついた卦です。それは家族・ご先祖(家系)・友人・仲間・現実に会ったことはなくても精神的な繋がりを感じる人々・死者・地域の人々・民族全体に関わる集合無意識など、様々です。一般的には家族や比較的親しい人々の中で物事が進展することが多いと思いますが、より本質的なルーツ(記憶・過去の記録・歴史など)を探ってみると有意義な発見をしたり、改めて自らの生い立ちに心の奥深くで納得を覚えることがあるかもしれません。
補完関係は山風蠱、その先のヴィジョンは地沢臨です。蠱は腐る、臨は希望を持つという意味があります。井戸水は清くなくては飲めません。水が腐らないように定期的に井戸を清掃・修理するなどの更新が欠かせません。これを怠れば、その井戸の恩恵に与っている全ての人々が困ってしまいます。井戸というのは一つのシンボルなので、イメージを広げれば大勢の人が使う公共物と考えることも可能です。例えば電車・バス・船・飛行機などの公共交通機関もそうです。それらが事故や災害で故障したり遅延が生じれば、何千何万の利用者に影響が及びます。またインターネットのサーバーがダウンしたら…という状況でも同じです。一つの事象にこだわらず自由に想像してみて下さい。そしてそれらが蠱の状況にならないように、また仮になっても対処できるように計画を立てることが臨です。
同様に、一度、内在する蠱としての自分自身の“錆”を落とす必要が出てくることもあるでしょう。健康問題、対人関係のトラブルなど現れる形は違っても、それぞれの問題の因子は自身の内側にあります。この機会にしっかりと「井戸浚え」をして心身・環境ともにスッキリさせましょう。すると不思議と垢が取れて今まで以上に生活に張りが生まれてくるはずです。また、これまで気がつかなかった新たな視点を手に入れて人生に希望を持てるようにもなります。
<爻意は後日、追加更新します。>