*坤為地 / The Receptive


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2.坤為地

前の卦の乾の象徴は宇宙であり空です。空は仏教や禅の“空(くう)”とも考えることはできますが、宇宙にしても空にしても壮大なスケールで語られるという意味では同じです。ただ正確に言えば、乾は空間内に充満するエネルギーと解したほうが良いでしょう。実際にはエネルギーを入れるための容器=宇宙空間そのものに対応するのは坤だと考えられるからです。

また、乾と坤は本質的に分離することはできず、呼吸または心臓のポンプ(心室と血液)のように同時存在しているのではないかと想像しています。その吸気に当たるのが宇宙論でいうインフレーションで、一瞬息を止めた後に、呼気に入る相転移の瞬間がビックバンに相当するのではないか、そう思います。そうなると今の宇宙は大きく息を吐いた後の安定した自然呼吸の時期なのかもしれません。

ところで、乾卦での創造性を具現化させるためには何らかの土壌が必要です。全ての生きとし生けるものを育む田畑、この坤卦という受け皿がなければ生命は根付くことも叶わず、ただ闇雲に力を持て余すだけでやがて雲散霧消してしまうでしょう。世界を創造するエネルギーは、その力を具体化するために何らかの器もしくは型を必要とするからです。いかに大きな力も、それを受け止め、包容できる存在または適切な場がなければ宝の持ち腐れになるだけです。なお、受け皿を象徴するものであれば形質や状態は何でも良いと言えます。

大地に立脚した民衆の中にあってこそ自らの存在意義を確認できる、それが坤卦の特性です。どの卦からもリーダー役が出てくる可能性がありますが、坤の場合、人々を巻き込んだ活動をするには同じ視座に就いて何を求めているかを感じ取らなければなりません。これは同時に個々の意識の共有化を意味するので、導く者と従う者の双方が回線を繋ぎ、話し合い、支え合うことで次第に心を通わてゆくプロセスを辿ります。しかし、導き手の最深部にまで理解の手を伸ばそうとする人は皆無か、もしくはごく少数でしかないので、本当のところは個々の孤独を埋め合わせるために真に心の許せる相手を求めているだけなのかもしれません。

反面、共感できない人には排他的になってしまいやすいことも自覚しておいたほうがいいでしょう。坤卦の目的は地に足をつけた生き方をすることなので、自分の日常を脅かすほどに特定の思想や考え方に傾倒するのを嫌います。というのも、何かや誰かに深入りした時点で一般性を失う(普通から外れる)からです。しかし、いったんある団体や特定の人物の色に染まってしまうと、帰属意識が強いだけに、勢い他の団体に属する人々を否定したり敵視する傾向が出てきやすいので注意が必要です。たとえば、自分がベジタリアンであることに固執するあまり、一緒に食事をする人に不愉快な思いをさせていることに心を砕かない等です。実際には様々なケースがあると思います。

ところで、この坤も先の乾同様に火水未済から再生の水雷屯に至る流れの中にあり、時空における中間的存在です。宇宙論で言う「ダークエネルギーとダークマター」のようなものかもしれません。譬えて言えばPC内の保護された隠しファイルと同じように、表面的にはその姿は確認しづらいものです。このことは坎や離にも当てはまりますが、その役割と重要性においては他の60卦と同等か、それ以上だと言えるでしょう。もっとも、全ての卦に優劣や貴賎はありませんから、ここでいう重要度とは、「それがなくては易が易として機能しなくなる」というような本質的な意味合いだと思ってください。これらは無と有の境界領域、生と死の狭間、光と闇または陽と陰の転換期などとして形容できます。事象的に確認しやすいのは、まだ形が残っている時か新たに顕現した時ですが、その変容の過程の最中にも胎児の成長のように視覚的には見えずとも重要な進化が行われているということを理解しておく必要があるでしょう。


◆初六

坤と乾は陰陽の関係ですから、各爻の意味合いも視点が反転していたり立場が逆になっていたりします。乾の初九がダウンロードとすると坤の初六はアップロード。言い換えれば吸収と放出です。乾の場合、まずは自分の力を圧縮して強力なバネのようにしていました。それが九二以降の原動力になるからです。逆に坤の初六ではバネを緩めるように集中化を解いて緊張をほぐします。これまで培ってきた才能や技術を並べてショールーム化することで、将来的に価値が出そうなものに当たりをつけようとしているのです。この行為によって一つの節目を迎え、心理的にも区切りが付きますが、同時に今までとは違った展開が訪れることを予感します。この予感は、現時点で自分が属しているところとは異なる生活方針や考え方の必要性を想起させ、旧態依然としたやり方では通用しないことを知らせる前兆です。それは多くの場合、新しい発想や柔軟な思考力を要求するような状況が近々やってくることを意味しています。陰陽が交代する時期に差しかかっていますが、まだ序幕に過ぎません。本格期はこれから来ます。独立を考えている人もいるでしょうが、初めから順調に行くと楽観視していませんか? いきなり厳しい状況に陥る可能性も想定しつつ、準備を怠らないようにしましょう。

◆六二

この爻は日常的な生活空間と関係が深く、帰属している、またはかつて属していた環境に対する愛着が強いです。一度離れても何らかの事情で復帰したり呼び寄せられたりして昔の仲間が集まることもあります。同郷・同業意識によって結束される関係になりやすいですが、坤は乾同様に次のステップへの梯子を昇り始めている卦であるため、ひとたび終了宣言的な出来事を通過すると、それぞれが別の仕事などで散っていく傾向があります。期間労働の最終日を迎えて出先を引き払っている状況に似ています。しかしそれまでの間は、まさに勝手知ったる環境の中で自分に与えられた役割を果たすことができるでしょう。ほとんどのところ既に個々に求められる技術は習得しており、誰から誰へと学ぶべきことも教えるべきこともない状況です。ただ、そのために退屈さが募り、新しい関係や仕事を求めることにもなるわけです。また、この六二では社会的な立場とか地位の異なる相手との見解の相違によって一時的に対立するケースも見られます。主に旧を守る保守派と刷新を求める改革派という構図ですが、どちらにも言い分があって譲りません。しかし、主張を押し通そうとしてもいがみ合うばかりで平行線のまま。調停できる妥協点を上手に探ったほうが良さそうです。

◆六三

初六では陰陽交代の波の予感に従って自分の新しい着地点を見つけようとしました。それに次ぐ六二では、改めて身近な環境の中で自分のできる事を精一杯行って遣り残しや後悔がないようにしておこうと考えたのですが、根本的には陰陽の移り変わる潮流が気に掛かっているのです。そしてその気掛かりは、この六三でピークに達します。言うなれば、次への展開を催促するメールが頻繁に送られてきて返信すべきかどうか躊躇しているような状態です。外部の様々な情報があちこちから耳に入ってきたり、目新しい出来事に目移りしやすくなっています。自分自身の正直な欲求と仕事としての責務との狭間で葛藤することもあるでしょう。まれに人は重要な用事が差し迫っている時ほど掃除をしたりゲームをしたりと逃避的な行動を取ることがありますが、今はまさにその状態に陥りやすい時です。立場的には仕事(役割)を全うし、本分としての責務を果たすべき状況ですが、実際のところ、それがあまりに緊張を強いるものなので精神的な余裕を失わせてしまうのです。そのために気持ちのタガが外れてしまうのですが、反面、脇道に逸れることで今まで知らなかった世界を垣間見て新しい価値を見出すこともあるので、一概に吉凶を決め付けることはできないと思います。

◆六四

坤卦は本来、協調を好む物静かな雰囲気のある卦です。だから普段は他人に食って掛かったり無闇にリスクを背負うようなことは嫌います。けれど、時と場合によっては坤卦の人も反発心を燃やしたり、納得できないことと戦ったりもします。さらには自分の主義主張を認めてもらうために傍目には無鉄砲とも取れるような行動に出たりすることさえあります。それが、この六四です。性格的にもかなりの破天荒さがある時期で、生活のため、仲間のため、自らの信念のため…と相手を打ち負かしてでも進む気概があります。先の六三では、催促があってもなかなか乗り気ではなかったし、便乗するにしても仕方なくという感じでした。しかし六四では明らかに自らの意志で無礼講のごとく物事を引っ掻き回したり、心の内をぶちまけるかのように振る舞ったりします。主張自体は正論であっても、やり方はメチャクチャです。ところが、これが刺激となって周りに意外な影響を与えていきます。はじめは強引で危なげな方法に抵抗を感じて反対する人も少なくないでしょうが、段々と事が進行するにつれて理解を示してくれるはずです。ただ、そのためには関連する人々の協力を得るために綿密な調査に裏づけされたデータを提示して説得を試みたり、地道に署名活動をする等の工夫も必要です。

◆六五

六四では、一人の人間が起こした無謀とも言える行動によって周りが影響を受けて動き出すという構図でしたが、六五では指導者はいても表立った活動はせず、ただ内に秘める計画を理解を共有できそうな人間と議論しているだけです。ただ、その真意が分かる人はほとんどいないかもしれません。その一方で、事態は外部の働きかけによって勝手に進行し、あたかも水が低きに流れるかのように人々も状況に流されては翻弄されていきます。この時、六五に相当する人物はカオス化する状況には身を置かず、一段高い視点から事の成り行きを冷静に見た上で適確な指示を出そうとしているのです。もっとも、この人は新しい生き方を提示する先導者もしくはカリスマのような存在なので、旗頭としては有能ですが、堅固な組織を築き上げていく管理者タイプではありません。そのため、巨大な求心力を有しながらも基本的には孤独です。指令一つで皆が統制されることもあれば、人脈やネットワークが途切れた途端に繋がっていた人々の心が不安定になってしまう脆さも併せ持っています。また、属する社会に対する革新的な考え方をする傾向もあるので、場合によっては異端的とか反乱分子的な誹りを受けるおそれもあります。現状では原則、そうした考えは大っぴらにしない方がいいでしょう。

◆上六

乾と鏡像関係にある坤。乾の上九が満潮から引き潮に転じたのとは逆に、坤の上六はその持てる力を最大限に発揮したい野望が顔を出します。しかし、元々坤卦は看板を背負って表舞台で活躍するタイプではありません。教養豊かな人物ではありますが、だからと言って仮にエグゼクティブ的な地位を求めても採用されることはまずないでしょう。どの爻でも基本的にそうですが、上爻は当該の実権からは外れているので、このような時に飛び入りのような格好で権威付けを求めても上手くいくことは稀なのです。それよりはむしろ、自分の世界観を盛り込んだフィクションを書いたり、創作物に魂を込めるなどの持続可能な価値を追求した方が良いと思います。坤は乾のように現実社会で腕を振るようなパワーではなく、人々の心に共感を育むような精神的なエナジーだからです。この方向性を正しく理解して活用できれば、末永く愛されるような作品を世に送り出すなど、その多様性のある豊かな資質を存分に発揮するのも夢ではないでしょう。間違っても社会の権威者と対立するような関係になってはいけません。それは失敗するばかりか、現在の自分の立場さえも危くしてしまいます。どうあがいても坤は坤、乾にはなれません。本性に逆らうことなく自分のヴィジョンに正直でいましょう。


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